薩摩からはじまる
変革の渦中で、
命を燃やす
桐村 里紗
医師
天籟株式会社 代表取締役医師
私が初めて鹿児島を訪れたのは、2022年に開催された第1回「薩摩会議」だった。それまでの人生で、鹿児島という土地に特別な縁があったわけではない。まさかその後、これほど足しげく通うことになるとは、その時は想像もしていなかった。
声をかけていただいたのは、「文明×Transformation」という基調セッションだった。「文明」などという、あまりに大きなテーマについて語る場はそう多くない。しかもそこに「Transformation(変革)」が掛け合わされている。
「主催のSELF、本当に狂ってる!」そう思いながら、私は大いに喜んで鹿児島の地に足を踏み入れた。
私は常々、「土地には、その土地の記憶があり、その土地に必然性のあることしか起こらない」と思っている。
噴火を続ける桜島を正面に臨む大地に立つと、地球の深部、マントルコアから突き上げてくるような力強い火のエネルギーを、足裏から感じた。
ここは、まぎれもなく「文明×Transformation」を語るための土地だ。そう確信した。
薩摩は、明治維新という、日本の大きな転換点の起点となった場所である。それは単なる政変ではない。日本が西洋文明を受け入れ、社会の構造そのものを組み替えるという、極めて大胆な決断だった。
閉じていた日本が、世界へと開かれた瞬間。その引き金が引かれたのが薩摩だったという事実は、決して偶然ではなく、この土地が持つ必然だったのだと分かった。
一方で、近代西洋の産業革命以降、人類は「成長」という名のもとに、効率化と大規模化を突き進んできた。すべてが工業化され、人もまたシステムの歯車となり、大量生産・大量消費・大量廃棄が当たり前になった。
その結果、現代社会は物質的な豊かさを極限まで高めることに成功した。しかし今、その成功の裏側で、歪みが一気に噴き出している。
人の健康は壊れ、社会は分断され、地球環境は限界を迎えている。医療の現場に立ってきた私には、社会の構造そのものが病人を量産し、医療システムに送り込んでくる現実が、はっきりと見えていた。
もはや部分的な修正では追いつかない。文明の前提そのものを問い直す段階に、私たちは立っている。
だからこそ、今、薩摩から再び狼煙が上がることには、深い必然性があるのだと思う。
かつて日本を西洋化した変革の地から、今度は、失われてきた日本的な価値。自然との関係性、身体性を、あらためて世界に開いていく。
世界が大きくひっくり返る転換期に、新たな文明構造が、静かに立ち上がろうとしている。
薩摩会議に集う人たちには、共通した空気がある。職業も立場も、住む場所も、キャラクターも、本当に多様だ。それでもどこかで、「自分は変革の当事者である」という感覚を共有している。
年に一度、鹿児島に集い、それぞれの現場で奮闘してきた人たちが、ここで言葉を交わし、己の中の変革の火を確かめ合い、またそれぞれの場へと散っていく。
薩摩は目的地ではない。変革の渦の中心地だ。
ここで生まれた小さな渦が、やがて全国各地で別の渦を生み、それらが重なり合って、大きなうねりになっていく。年々増幅するその感覚を、私だけでなく、多くの人が感じているはずだ。
薩摩会議の大きな魅力の一つが、極めて多様な「人の生態系」に出会えることだ。
普段なら出会わない人たち。同じ場にいても、通常の社会では交わらないかもしれない人たち。それでもここでは、不思議と会話が生まれ、思いがけない化学反応が起き、新しい生成が生まれる。
ルートや手段は違っても、目指している「頂」が同じだと分かっているからこそ、人は安心して自己開示ができる。肩を抱き合って喜び、泣くことができる。
大人になってから、本音でぶつかり合える関係が生まれることは、本当に貴重だ。
「人って、美しいなぁ……」
奮闘しながら生きている人たちは、人間という生き物の面白さや美しさを、生き様そのもので語ってくれる。薩摩会議には、自分の天命ともいえる仕事に出会い、没頭している人たちの、溢れんばかりの生命力が満ちている。
鹿児島の地も、驚くほど多様性に満ちている。このご縁をきっかけに、私は鹿児島県、とりわけ離島を訪れる機会が増えた。奄美大島、屋久島、徳之島。
島に足を踏み入れると、本土とはまったく異なる時間が流れていることに気づく。地形、生態系、気候風土、民族、文化。それぞれの島が、驚くほど固有の個性を保ったまま、今に続いている。
島は小さい。だからこそ、自然と人の関係性が否応なく可視化される。逃げ場のない環境の中で、人は自然と一体となって生きてきた。
そこには、分断される以前の、自然・社会・経済・文化が一体となった世界の原型が、ギリギリのところで残っている。
私が掲げている「プラネタリーヘルス」という国際目標は、人と社会と生態系、地球全体を一つのシステムとして捉え、その全体を健全にしようとする、途方もなく大きな構想だ。
だからこそ、「どこから手をつければいいのか分からない」という議論になりがちでもある。
いきなり地球全体は扱えない。だから私は、現在の経済指標であるGDP最下位、人口も最下位の鳥取県・大山流域という、小さな単位から実践を始めている。
島は、さらに小さな生命圏だ。これからの社会モデルを考える上で、極めて示唆に富んでいる。
本土も、離島も、いずれも個性に溢れていて、気がつけばすっかり魅了され、毎年足を運んでいる。2年目は、「流域×Transformation」と「自然資本Transformation」 のセッション。3年目は、「境界線×Transformation」のセッションに、楽しく登壇させてもらったし、薩摩会議でいただいたご縁をきっかけに、「屋久島と地球の未来会議」も初回からお声かけいただいている。通うたびに新しい側面を発見し、感嘆しながら、帰路の飛行機で大好きな「かるかん」と共に噛み締めるのが楽しみだ。
変革は、理念だけでは起こらない。現場で身体を使い、汗をかき、人や生き物との関わりの中で、巻き起こっていく。その条件が、鹿児島には、確かに揃っている。
だからこそ私は、ワクワク、ニヤニヤしながら、薩摩会議がこれからも変革の渦の中心地として、より多くの人を巻き込んでいくことに、喜んで加担したいと思っている。
その渦はすでに、次の文明の輪郭を形づくり始めている。それは、年々、よりはっきりと感じられる。
この変革の時代に生きられるなんて、なんて面白くて、幸せなのだろう。
薩摩会議は、毎年そう感じさせてくれる。しかも、その興奮度は、年を追うごとに高まっている。
もし一人で奮闘している人がいたら、ぜひ薩摩会議に来てほしい。大の大人たちが、笑って、泣いて、怒って、喜んで、自分を曝け出しながら、本気で命を燃やしている。
そんな仲間が全国にいること。それこそが、揺るぎない変革の礎なのだと思っている。