薩摩会議2025で感じた
日本の新しい息吹
武井 浩三
経営思想家
社会活動家
社会システムデザイナー
薩摩の地で感じた「変革のDNA」
薩摩会議2025への参加は、僕にとって深い学びの体験となった。「150年後の世界に、私たちは何を遺すのか」という壮大な問いは、全国から580人もの実践者を鹿児島の地に集めた。これは只事ではないと感じていたが、実際に参加してみると予想は更に覆された。
答えを求めて参加したつもりだったが、より深い問いをたくさん抱えて帰ることになった。でも、これこそが僕が求めていた学びだったのだろう。
明治維新から150年。僕が実践してきた「自律分散型経営」や「共感資本社会」のコンセプトは、この薩摩のDNAと深く共鳴するものがあると感じた。既存システムへの問題意識、未来へ向かうエネルギー、そして変革への行動力。それらが鹿児島という土地に脈々と受け継がれていることを実感した。
知覧で受け取った「平和の本質」
2日目は迷うことなく知覧の「平和文化×Transformation」セッションを選んだ。知覧平和公園でのピースダイアログ、知覧特攻平和会館での見学を通じて、平和というものの本質について深く考えさせられた。
80年前、この地から多くの若い兵達が飛び立ち、そして未来の日本のために散っていった。その歴史の重みを肌で感じながら、改めて気づいたことがある。
今の世界は80年前と何も変わっていない。
世界の支配構造。資源や労働力の搾取。それを金融と武力により強制させる。歯向かえば制裁。一見世界は、貿易を通じて繋がったかのように見えるが、実態は緊張関係の中にある。
日本だけの話ではなく、先の戦争で亡くなっていった多くの方々は、この未来を望んでいたのかどうか。
僕の中に、えも言えぬ申し訳なさが溢れた。
戦争は究極の破壊行為だが、その対極にあるのは共感と信頼で結ばれた社会システムだ。
僕がeumoで行っている贈与経済・循環経済圏づくりや、世田谷で取り組んでいる地域コミュニティ活動は、実は平和そのものを創造する活動なのだと理解した。
平和は遠い理想ではない。僕たちの日常の選択ーどんな経済システムを選ぶか、どんな関係性を築くかーその具体的な積み重ねが平和を作っていく。
古田秘馬さんとのトークで
再確認した「創造的アプローチ」
最終日、古田秘馬さんがモデレートしてくれた「既成概念×Transformation」のセッションに登壇した。山川咲さん、山下貴嗣さんとともに、「既成概念としてのタイトルは必要なのか?」というテーマで対話を重ねた。
特に印象的だったのは、秘馬さんの「既成概念を壊すのではなく、新しい既成概念をたくさん作っていく」という視点だった。これは僕の考え方と完全に一致している。
過去に実践して来た「社長を選挙で決める」「給与は自分で決める」「非営利型株式会社」「コミュニティカンパニー」なども、既存システムを否定するのではなく、新しい選択肢を社会に提示する試みだ。ホワイト企業大賞を頂いたり書籍を出版させて頂くに至ったのも、破壊的ではなく建設的なアプローチを取ったからだと思う。
セッション中に中学生が飛び入り参加してくれたことも素晴らしかった。彼が既成概念の壁を自然に越えていく姿を見て、次世代への希望を感じた。
地域にこそある「本当の豊かさ」
薩摩会議で改めて実感したのは、都市と地域(地方・田舎)の価値が根本的に転換し始めているということだ。これまで都市部が独占していた価値ーお金、機会、体験ーが、今では地域の方が豊かになっている側面が多いように感じる。
僕が世田谷で運営している住民主体の祭り(DAO型)が1万5千人規模になったことも、「友達以上家族未満の関係性」を求める人が増えていることの表れだ。競争より協調、所有より共有、そして何より信頼と共感を重視する価値観の人たちが確実に増えている。
鹿児島のように、自然と歴史が身近にある地域だからこそ、新しい社会像・経済システムが花開く可能性がある。屋久島、奄美、桜島、知覧…これらの「本物」に囲まれた環境では、表面的な価値観ではなく本質的な豊かさを追求できるのではないか。なぜならば価値とは、詰まるところ人が決めるものであり、そこに集う人達の集合意識であるからだ。
コミュニティファイナンスの実験
古田秘馬さんとも共通しているのだが、今僕が最も注力しているのが、コミュニティファイナンスの社会実装だ。経営する約10社において資本の分散化や、経営意思決定の分散化をしている。
花屋では配当がバラ、大学では「新しい教育を共に創る」という夢をシェアする。金銭的リターンではなく”つながり”そのものを価値として提供する仕組み。最初は理解されにくかったが、今では多くの人が本気で応援してくれていて、共感による出資者の合計は600名以上、出資金額の合計は6億円を超えた。
鹿児島のような「顔の見える関係性」と「強い共通のアイデンティティ」が残っている地域なら、こうした実装はより実現しやすいだろう。都市部の匿名的な関係よりも、信頼を基盤とした経済の方が持続可能性が高いと確信している。
鹿児島への期待
薩摩会議で鹿児島の人たちと交流して感じたのは、彼らが確実に変革のDNAを受け継いでいるということだ。そしてそれは、明治維新の時と同じように全国の志を同じくする者へと伝播している。もちろん僕もその1人だ。
人口減少や高齢化という課題は、確かに深刻だ。しかし、それらは同時に新しい社会システムを創造する唯一無二の機会でもある。無限成長を前提としない循環型経済、共感を基盤とした地域通貨、自律分散型の組織運営。これらの先進事例にぜひ注目して頂き、願わくば実践して頂きたい。
150年後の未来に向けて
薩摩会議のコンセプト「道は邇きに在り」という言葉に深く共感している。答えは遠くにあるのではなく、僕たちの足元にある。日々の選択、身近な人との関係、地域での小さな行動こそが、大きな変化へと続いていく。
僕が標榜している「お金のいらない世界」というコンセプトは、「お金のない世界」という意味ではない。共感、信頼、感謝がより豊かに流通し、社会関係資本が潤沢にあるコミュニティにおいては、お金の必要性やお金への依存度が大きく減少するであろうという、極めて現実的な社会システムの提案だ。
鹿児島から、新しい文明実験が始まる予感がしている。150年前の薩摩の志士たちが「このままではいけない」と立ち上がったように、僕たちも今、新しい時代への扉を開くタイミングにいる。
薩摩会議で出会った皆さんとともに、150年後の人たちが「あの時が転換点だった」と振り返れるような変化を起こしていきたい。その歩みは、もう始まっている。