感性と意志の醸造所

九法 崇雄

KESIKI INC. Chief Narrative Officer
編集者

鹿児島への認識が変わったきっかけは、一つのショップのオープンだった。2008年、ランドスケーププロダクツの中原慎一郎さんが、鹿児島市内にDWELL Playmountainをつくった。そのライフスタイルショップには、東京で必死に探していたカッコ良さや楽しさ、センスといったものが全部あった。中原さんは「さつまもの」と銘打ち、地元の若きクラフトマンを発掘し、その手仕事を世に紹介する活動も精力的におこなっていた。
思い返せば、鹿児島で過ごした高校時代、関心は音楽や映画、ファッションにばかり向いていた。インターネット普及前夜、情報はいつも遅れて届く。古着屋の店主から教わる知識。レコード屋の棚で見つける輸入盤のライナーノーツ。それが世界との接点だった。
同じ九州でも、熊本や福岡は眩しかった。独自のストリートカルチャーがあり、スタイルを確立しているように見えた。それに引き換え、わが故郷はどうだろう。感性よりも理屈や因習が優先される空気が、十代の身には少し重たかった。早く街を出て、東京へ行きたい。そんなことばかり考えていた。
だからこそ、DWELLの存在は衝撃だった。2010年から坂口修一郎さんが始めたGOOD NEIGHBORS JAMBOREEも、鹿児島に新しいグルーヴを持ち込んだ。廃校になった小学校を舞台に、音楽やクラフト、食を詰め込んだ森の文化祭。そこには、それまでの鹿児島では感じたことのない自由な空気が流れていた。幸運なことに、僕はそのフィナーレに向かう最後の二年間でDJをさせてもらった。最終回、中原さんと坂口さんという二人の対話のモデレーターも務めた。その時間は、今も特別な記憶だ。
中原さんが立ち上げたash Design & Craft Fairは、数年ごとにリーダーを変えながら続き、今年で17回目を迎える。中原さんはよく「模合(もあい)」という言葉を使う。沖縄や鹿児島に古くから伝わる相互扶助の仕組みだ。誰か一人が中心に立ちすぎず、みんなで持ち回り、助け合いながら、長く、続けていく。その軽やかな連帯が、鹿児島の文化を耕してきた。
編集者の岡本仁さんが果たしてきた功績も多い。伝説的なカルチャー誌『relax』の元編集長が、鹿児島に魅せられ、『ぼくの鹿児島案内』を綴った。退屈だと見過ごしていた喫茶店や風景が、岡本さんの眼を通すと、楽しさやセンスに溢れた場所に変わった。
感性が街の肌触りを変える一方で、ここ数年、もう一つのうねりが生まれている。野崎恭平さんたちが仕掛ける薩摩会議だ。全国から地域づくりのプレイヤーが集まり、意志をぶつけ合う。
2024年、大崎町でのセッションを通じて合作というチームに出会った。志に共鳴し、翌年、CIRCULAR VILLAGE DESIGNINGというプログラムを始めた。資源リサイクル率日本一で知られる大崎町で、循環の意味を拡張し、デザインの力でまちに幸せがめぐるような取り組みをスタートさせたい。そんな思いから立ち上げたプロジェクトだ。
2025年の会議では、中小企業の未来をテーマにファシリテーションを担当させてもらった。そこで巻き起こったのが、いわゆる「100億論争」だ。売上100億を目指すことの是非。かつての志士たちが密議を交わした夜は、きっと凄まじい熱量に溢れていたのだろう。それと比較することは難しいけれど、このときの薩摩会議もまた、参加した人たちの間で伝説として語り継がれるであろう確かな何かが、そこにはあった。
明治維新のころ、この街から生まれた革命家たちは、圧倒的な意志と情熱で時代を動かした。その後はご存知の通り、日本は経済発展を成し遂げ、西洋に追いつき、追い越し、すっかり便利な世の中になった。物質的な豊かさもある程度達成されたと言っていい。
これからの時代に必要なのは、もっと質的な豊かさだ。求められているのは、豊かな感性を起点にして、新しい社会をつくり変えていこうとする強い意志なのだと思う。
一般に、クリエイターやデザイナー、あるいは職人のように、人々の感性を刺激するタイプの人間と、ビジネスリーダーや社会起業家のように、人々の意志をたきつけるタイプの人間は、同じコミュニティにいることが少ない。水と油というか、お互いに交わる機会がないから、その存在を意識することもない。
でも、今の鹿児島にはその境界が溶けるチャンスがある。 ashやGOOD NEIGHBORS JAMBOREEが、生きることや暮らしそのものを楽しむ「感性の醸造所」のような役割を果たしてきたとするならば、薩摩会議は、未来への渇望を燃やす「意志の醸造所」だ。
大切なのは、これら二つが交わる先の未来をつくっていくこと。かつての上位下達の革命ではない。日々の暮らしを確かに営みながら、醸成された感性と強い意志をブレンドし、そのうねりを静かに広げていく。それこそが、これからの世の中に最も必要なことなんじゃないか。ちなみに、薩摩会議のきっかけとなった「150年後の世界に、私たちは何を遺すのか」という大きな問いを投げかけたのは、ミュージシャンでもある坂口さんだ。そのことが、僕には大きな希望に思える。
鹿児島には、豊かな食、焼酎、そして薩摩焼をはじめとする陶器の文化といった、五感を潤す土着の感性がある。一方で、明治維新を成し遂げたような、質実剛健で不屈な意志の風土も色濃く残っている。
これらが「感性」と「意志」の両輪として発酵を始めたとき、ここは世界でも類を見ないほど面白い磁場になる。
かつて逃げ出したかったこの街で、新しい時代の仕込みが始まっている。このプロセスに、一人の当事者として深く関わっていきたい。