薩摩会議へのエール

佐宗 邦威

株式会社BIOTOPE CEO
多摩美術大学 特任准教授

薩摩会議には様々なご縁がある。

まず、鹿児島は私の母の故郷であり、幼い頃、夏休みになるとみかん農家を営む祖父母の家で過ごすのが常だった。昆虫採集をしたり、家の近くの小川で沢蟹を採ったりするのが毎年恒例の楽しみで、私にとって思い出深い場所である。

また、薩摩会議を主催する野崎恭平氏がこの構想を練っていた頃、私は何度か壁打ち相手となり、「もっと狂え!」といったアドバイスを8年ほど前にしていたという。それから数年が経ち、薩摩会議も4回の開催を重ねる中で、「日本一狂った地域カンファレンス」と呼ばれるポジションを確立したことを考えると、本当に未来は予測できないものだと感じる。

私は薩摩会議に2回、登壇者/モデレーターとして参加させていただいた。2回目の参加が私にとって初めての薩摩会議体験だったが、その際は日本各地の地域プレーヤーとソーシャルイノベーション界隈の方々が一堂に会する、非常に贅沢なカンファレンスであった。コロナ禍を経て対面で会う機会が減っていた中、これほど多くの方々に出会える場はそうそうないという印象を受けた。

その後、私はローカルゼブラ事業として展開されたmusuhi/SELFのビジョンメイキングに携わる機会をいただき、薩摩会議を中心としたエコシステムが今後どのように進化し、地域のエコシステムを形成していくのかという構想を共に練らせていただいた。そして2025年に開催された薩摩会議が、私にとって2度目の参加となった。噂に聞いていたDay2のフィールドワークを挟んだ3日間のカンファレンスは、間違いなく「より狂った」方向へと進化を遂げていた。

今や鹿児島は、地域の中でも最も熱い取り組みが行われているというイメージを持たれる地域になりつつある。興味深いプレーヤーが薩摩会議を通じて全国のプレーヤーと協業する機会が増え、その結果、鹿児島での取り組みが全国に認知されるアンプ機能を果たしているように思われる。

「150年後の世界に遺したいものは何か?」

という大きな問いを掲げるこのカンファレンス。私も子どもが生まれてから、次の世代に何を遺すのかということを考えるようになった。これからもこの場に参加することを通じて、自分が亡き後に何を残したいのかを、実践しながら考え続けていきたいと思っている。