鹿児島を
ネイチャーポジティブの
聖地へ

田村 大

株式会社リ・パブリック 共同代表

2024年、環境省が発表した「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」によれば、自然と調和した経済活動への移行により、2030年までに国内で年間約47兆円規模の新たなビジネス機会が生まれると試算されている。日本の名目GDPがおよそ640兆円なので、7.3%に及ぶ巨大な市場だ。生物多様性クレジットなど、経済活動によって生じる生物多様性の摩耗を埋め合わせる大企業・大資本側からこの新市場が語られることが多いが、実際に価値を生み出すのは豊かな自然資本を持つ地域の側だ。

鹿児島には、とりわけ豊かな自然資本がある。南北600kmにわたる県域は、温帯と亜熱帯の2つの気候帯にまたがり、県内最高峰の宮之浦岳(標高1,936m)の山頂付近は冷涼で、亜寒帯の植生が見られる。霧島錦江湾国立公園、屋久島国立公園、奄美群島国立公園、そして一部が県内にかかる雲仙天草国立公園の4つの国立公園を擁し、屋久島、並びに奄美大島、徳之島は世界自然遺産に登録され、2つの世界自然遺産を有する唯一の都道府県でもある。手付かずの自然が、多様性たっぷりに残るのが鹿児島の特徴だ。

ところで…。こういった大自然はネイチャーポジティブ経済では、少々扱いが難しい。ネイチャーポジティブの基本スタンスは、人が介入することで生態系が一層豊かになることだ。だから、里山や草原、砂丘、干潟など、暮らしの側にある自然資本に手を入れていくのがよい。耕作放棄地や放置竹林、手入れのされていない人工林など、人の手が入らなかったことで荒れ果ててしまい、地域社会の重荷になっているばかりか、生態系に関しても多様性を失ってしまうことがある。例えば杉など単相林の場合、一つの樹種で日差しを遮ってしまうので、下草も生えず、生息できる種が限られてしまうからだ。こんな問題含みの自然資本は、鹿児島には無限といっていいほど存在する。

2025年7月、日置市湯之元地区に本社を置く小平株式会社と、当社・株式会社リ・パブリックで湯之元ネイチャーポジティブラボを立ち上げた。湯之元をネイチャーポジティブ経済の拠点とし、内外のプレイヤーが集い、周辺の山や川、海の生態系を豊かにしていくビジネスを共創し、実験を行い、得られた技術やノウハウを他地域に展開していくことを考えている。2025年は株式会社日建設計の共創プラットフォーム・PYNTが行う共創事業「FUTURE LENS」の支援を受け、九州電力株式会社、九州旅客鉄道株式会社(JR九州)、NTTドコモビジネスソリューションズ株式会社、株式会社野村総合研究所など、大手のインフラ企業、技術ベンダーの参加を伴って、約半年間の事業開発に取り組んだ。

プログラムの中で、湯之元周辺の自然資本を探索するフィールドワークを実施した。江口浜で月日貝漁を営む佐々祐一さん。ご自身でラボを立ち上げ、月日貝の育苗にも取り組む。陸と同様、海にも熱波がある。熱波で生息域を変えた海洋生物は、熱波が去っても戻ってこないという。伊集院で製竹業を営む蓑輪暉永さん。竹の集成材の他、竹炭や竹酢液の製造も手掛ける。最近、竹炭の輸出が増えている。歯磨き粉の研磨剤を、マイクロプラスチックから環境に影響が小さい竹炭に変えたい、オランダの日用品メーカーの要請に応えるものだという。こんな新たな知見を得ることで、一歩ずつ、自然との関わりの視野が広がっていく。

去る12月4日には、日置市長他、多くのオーディエンスを集めて、半年間の活動の成果を発表した。自然共生をテーマにしたウォークラリーを企画し、実施するプラン。内湾に藻場を形成し、AIや水中ドローンを駆使して水中生物を記録・観察する実験。AIとVRを組み合わせ、素人でも安全で正確な竹林管理ができる技術開発などなど。こんなワクワクするアイディアを、日置市のバックアップを受けて、次年度から湯之元周辺で実施する。ネイチャーポジティブ経済を推進する常設拠点も計画中だ。こうやって、湯之元がネイチャーポジティブを軸に新たなチャレンジが絶え間なく続く場所にしていく。等身大のネイチャーポジティブ活動は、中小企業やスタートアップにも十分手が届く。湯之元で培った技術やノウハウを、全国、ひいては海外に展開することで、スケール感あるビジネスも期待できる。

前・九州地方環境事務所長の則久雅司氏によれば、九州は自然生態系の「利回りがよい」場所だという。春夏の草木の成長速度は驚くほどで、2週間も放っておけば庭草も膝丈を超える大きさに成長する。この土地が持つ豊かな生命力は、繰り返し、繰り返し手入れしなければならない過酷な環境だが、ネイチャーポジティブの成果を得る最良の条件でもある。多様で豊かな自然を育みながら、叡智を結集し、将来の成長市場を作り上げていこう。持続可能なイノベーションのメッカとして、湯之元の名が世界に知られていくことを夢見て。