薩摩会議よ、ロックであれ!
古田 秘馬
株式会社umari 代表取締役
瀬戸内ビレッジ株式会社 代表取締役
薩摩会議という場が生み出しているものを言語化するのは難しい。
それは、人それぞれの地域や立場によって感じ方が違うからだと思う。
都市部の大企業から参加する人からすると、自分の言葉で発する地域のプレーヤーに圧倒されるだろうし、他地域からすると、鹿児島の横の連携の強さにうらやましさを感じたり、今の自分の状態によって感じ方が変わるある意味リトマス試験紙的なものなのかもしれない。
そして、薩摩会議=鹿児島という公式も成立しないと思う。
それでは薩摩会議とはなんなのだろうか?
もしもあれが、宮崎だと成り立たないのだろうか?
薩摩会議ではなく、鹿児島会議だとだめなのだろうか?
山口で長州会議だったらどうなのだろうか?
歴史的に見ても、その時代の中心ではないところから、新しい思想や社会制度は始まるものである。
かつての都であった、京都ではなく鎌倉で武家社会も始まり、江戸から幕府が始まり、明治は、薩長などが中心に始まってきている。
そういう意味でも、地場に力がありながらも、新しいことにチャレンジする反骨精神がある地域が常に時代の新しい仕掛けの狼煙を上げるのかもしれない。
そういう意味でも、今この時代に、薩摩会議がまた勃興しているのも地政学、人類学的にも必然なのかもしれない。
一方で、薩摩会議という場のエネルギーに触れることと、鹿児島に関わることはまた別の話だと思われる。
鹿児島の一つ一つの地域の盛り上がりの結晶が薩摩会議なのか?といわれると、まだまだそうではなく、むしろ薩摩会議が火付け役になっているところもあるだろうし、薩摩会議的盛り上がりとは別の路線でやっているところも多いと思う。
どんな時代も、カウンターカルチャー的に勃興した活動が主流派になりスタンダードになってくると、そこに支配者構造や利権、まんねりと、保守的な動きが出てしまう。
いかに、薩摩会議が社会のオルタナティブであり続けながら、ロックにシャウトし続けられるかがポイントな気がしている。