命もいらん、名もいらん

岩本 涼

株式会社TeaRoom 代表取締役CEO
茶道 裏千家 准教授

薩摩には「命もいらん、名もいらん」と語った男がいた。
私利私欲に流されず、大義のために邁進する。
この言葉を、私は長い間、過去の英雄の名言として受け止めてきた。
だが、薩摩という土地に足を運び、薩摩会議という場に身を置いたとき、それは歴史の中の言葉ではなく、「今を生きる私たちに向けられた問い」なのだと感じるようになった。

薩摩会議は、答えを持ち寄る場ではない。
むしろ、答えのない問いに、真正面から向き合うことを引き受ける場所だ。
経済、教育、農業、地域、文化。
どのテーマも複雑で、単純な解決策は存在しない。
それでもこの場では、問いを棚上げせず、簡単な結論に逃げない。
議論は、ときに遠回りになる。
結論が出ないまま終わるセッションも少なくない。
だが、その「決まらなさ」こそが、薩摩会議の本質なのだと思う。
時間をかけて考え続けること。
分からなさを共有すること。
それ自体が、ここでは価値として尊重されている。
答えのない問いを抱えたまま、なお前に進もうとする人たちが、ここには集まっている。
「命もいらん、名もいらん」。
この言葉は、今もなお、私たち一人ひとりに問いを投げかけている。
何を大義と呼ぶのか。
何を捨て、何を守るのか。
薩摩会議は、その問いから目を逸らさないための、静かな覚悟を共有する場所なのだと思う。私はこの場に身を置きながら、自分自身がどの問いを引き受けて生きるのかを、これからも考え続けていきたい。