百郷百業百文化の
世界に向けて

藤原 徹平

建築家
株式会社フジワラテッペイアーキトクツラボ 主宰

鹿児島に通うようになってもう5年以上になる。自分たちで設計した霧島の小浜ヴィレッジにサテライトオフィスも構えていることもあり、月に1回は鹿児島に通っている。
鹿児島の面白いところやその魅力は数え切れないが、その中でも「郷中教育」という概念に私は強く惹きつけられている。「郷中教育」とは近世の鹿児島の村落に在った、もしかしたら今もうっすらと残っている教育の形式である。
まず異年齢混在、先生が不在の学びの場である。年長者が年少者に教えるというような今でいう互助的、能動的な形を持っている。
また、決まったテキストブックに学ぶというよりも詮議(ディベート)による対話型の思考が特徴的だったという。今流にいえば哲学討議だろうか。
そして、男子教育の場でもあったので、相撲や山歩きなどの身体鍛錬も兼ねる。
軸があって健やかで明るい。

近世社会には全国的に、「講」のようなコミュニティで学ぶという形式はあるが、「郷中教育」というように郷という単位を強調している点が独特だ。山谷が連続し、まとまった平地があまりないという地勢が影響しているのかもしれないが、村落ごとに教育をつくろうという感覚は、社会構築に向けた自立自尊の社会教育の理念を感じる。

翻って現在の日本の困難をみると、全国一律の普遍的な教育という問題がある。空間と教育形式を揃えることで、近代の産業社会の熱量と労働力をつくったと考える観点もあるが、その中で輝いたリーダーたちは近世の各地方での社会教育が生んだ人材である。均質的な社会教育から離脱していくヒントとして「郷中教育」というアプローチを考えていくのはある種自然なことではないだろうか。

さてここで、そもそも「郷」(村)というのは何だろうかと考えてみたい。町というのが、行政統治が産んだ社会の中での単位だとすれば、郷とは、自然環境や生業が産んだ社会の中での単位である。これを「社会環境単位」と呼ぶのだと大学で、建築家の北山恒先生から教わった。

今、各地で社会環境単位が弱っている。小浜も大変によくできた半農半漁の集落構造を持っていたのだけど、急速に近代化し、大都市をつなぐ国道が貫通していく中でその是非を詮議をする間もなく、郷の業や郷の教育を失ってしまった。

行政単位ではなく、郷という社会環境単位を宝として磨いていく、エンパワーメントしていくための生業をつくるというのが、小浜ヴィレッジを進めている理念になっている。端的にいえば、村それぞれに生業があり、村の中での教育があり、それが文化になる。そんな未来に向かって行きたい。

そのような世界像を構築するためには、どのように自然環境から価値を引き出すのか、じっくりと環境を観察する必要がある。
また、せっかく人が集まる社会環境をつくるのであれば、人が環境再生や地域の資本の蓄積にコミットできるのかも考える必要がある。

うっかりすると大都市に資本を流すための、集金装置になってしまう。常にそれを疑い、確認する必要がある。郷を破壊する自分ではなく、郷を再生する自分であるのか、自分自身の存在意義に詮議を投げ続ける日々である。

そういう風なあれこれを考えつつ、鹿児島に通っている。