子どもの育つ力を信じて。学校を突破口にした教育と地域のリデザインを

子どもの育つ力を信じて。
学校を突破口にした教育と
地域のリデザインを

古川理沙

私立新留小学校設立準備財団 代表理事 / SELF 共同代表理事

子どもを枠に閉じ込めない保育

株式会社そらのまち、株式会社無垢の代表取締役。私立新留小学校設立準備財団代表理事。韓国や中国などで日本語教師としてカリキュラムマネジメントや教科書執筆に携わった後、霧島市に「ひより保育園」、鹿児島市に「そらのまちほいくえん」を設立。またレストラン併設型の物産館「日当山無垢食堂」を運営。

食を通して学ぶ、
生きる力を

 私たちが運営する「ひより保育園」と「そらのまち保育園」は、子どもたちが自分らしく、のびのび育つような場所にしたいという思いでスタートした、企業主導型保育事業の保育園です。それぞれ2017年、2018年に開園しました。
 園でとくに大事にしているのは食育です。地元の食材をおいしく食べることを基本に、子どもたち自身が献立を決めて調理したり、園庭で野菜を育てることにもチャレンジしています。米を育てて、収穫した米でもちをついたりすることもありますし、毎月、みんなで味噌づくりも行います。身体感覚を伴う形で食材に関わるのって、人が生きる力を育むのにとても大切な体験だと思うんです。
 またそれだけでなく、料理は完成形をイメージして試行錯誤し、振り返る習慣を身につけるのにとてもよい教材です。5歳になると、自分達が立てた目標達成のために、レストランを開いて資金調達をしたりもするんですよ。

何をするか?を
子どもが決める

 一般的な保育園とうちが違うのは、いつ何をするという意味でのカリキュラムがあらかじめ決められていない点かもしれません。一般的な園では、一日にやること、年間のスケジュールまでびしっと決まっていることが多いようですが、うちは、子どもの成長に合わせてこの時期にどんな力が育ってほしいといった「ねらい」をもって、園児たちの興味関心にあわせて比較的柔軟な保育をしていると思います。今ひよりのほうでいうと、子どもは0歳児から5歳児までの70人ちょっとを受け入れています。異年齢で構成されたグループを元に「明日は何をする?」と自分たちでやることを決めるのが一つの特徴。定期的に体育指導の先生が来る日や、味噌をつくる日もありますし、農家さんが大量に果物をくれたりすると「先着20名でジャムづくりをしましょう、やりたい人!」と募ったり。子どもの自主性を大事にしています。
 ひより保育園は霧島の自然豊かな環境にあるため、広い園庭があります。でもおのずと遊び方が決まってしまうような遊具は、ブランコ以外は置いていません。むしろ「怪我しそうなものをたくさん置いてください」と施工の方にお願いしたくらいで。子どもたちが自由に木登りしたりスライダーしたり、自分たちで遊びを開発できるほうがいい。実際多少のケガはありますが、のびのび育っています。
一方で、そらのまち保育園は天文館という繁華街にあって、地域の人たちとの日常的な交流を大事にしています。子どもたちが通りかかると、商店街の方々は接客の手を止めてでも話しかけてくれるんです。もう友達、孫みたいなものですよね。卒園式では、天文館のみなさんが泣いて喜んでくれます(笑)。

食材に料理を合わせる
「日当山無垢食堂」

 保育園で食育に力を入れてきたこともあり、地元の生産者との関係性がおのずとできていきました。そんな時にご縁があって、霧島市のレストラン併設の物産館の運営を担うことになったんです。
 「日当山無垢食堂」と名付けて、保育園と同じように、できるだけ地元の食材をいかした料理を提供することにしました。食材の6~7割は近隣から直接仕入れています。
 味噌などはスタッフ自らつくります。計算したら年間2トンありました。
 魚も、魚種を指定するのではなく近海で獲れたものの中から「フライ用の切り身を」などと幅をもって注文しておくと、鮭でもアジでも手に入ったいい魚が届きます。値段が安いところから買うのではなく、顔の見える人たちから適正価格で買うことで、二次的、三次的に地域のなかで価値を生むと信じているんです。

保育園を始めるまでの経緯

海外で学んだ
「自発的に学ぶ」教育

 もともと私は学校を卒業後、韓国に2年と中国に6年、海外で日本語を教える仕事をしていました。韓国にいた頃に、全米外国語教育協会(ACTFL)という組織で、より学習者が自発的に学べるような、クラス運営の方法を学びました。
 たとえば日本では教えるカリキュラムがあらかじめ決まっていて、授業の開始から終了まで分刻みで計画を立てて、その通りに授業を進められるかを評価されるんですね。
 でもその時学んだ方法は、その真逆。教える側ばかりがしゃべるのではなくて、学ぶ側がどれだけたくさん話せるかを考えて授業がデザインされます。テストも、「その人がどこでつまずいて、どうすれば次のステップにいけるか」を見極めるためのテストです。たくさん話してもらって、つまずきながらもうまくいって…というトライアルが何度も起こるようなクラスデザインをしていくと、おのずと各自の力で伸びていくんです。これによって自分のクラスの運営方法が大きく変わりました。

子どもが自発的に
育つ保育をしたい

 その後帰国して、一度起業を経験してみたいと思い、ネット通販の仕事を始めました。出産祝いの通販サイトを始めてうまく軌道にのった後ですね、保育園の話をいただいたのは。
 ある講演に呼ばれた際に「りささんが次にやりたいのは、どんなことですか?」と聞かれて「やるなら保育園かもしれない」といった発言を聞いた方が、後日連絡をくださって会わせたい方がいると。それが霧島の建設会社の経営者で、日本の教育をなんとかしたいと思っていらっしゃる方でした。
 今の日本の“与えられ続ける教育”ではなく、より子どもたちが自発的に育つような保育をしたいと話したところ「一緒にやりましょう。どうですか?」と聞かれて、思わず「私以外の適任はいないです」と言っていました。
 その翌年の2017年4月にはひより保育園を開園しました。

SELFとの出会い

鹿児島にこんな
面白い人たちがいた

 SELFとの関わりは、ある日突然、「野崎さんという人」と友人の須部(貴之)さんから呼び出されたのが始まりです。忘れもしない、天文館のカフェで熱く語られて(笑)。当時の私にはあまりよく理解できていなかったんじゃないかと思います。
 でも話に出てくる鹿児島の方々のお名前は聞いたことがあって、いつかゆっくり話してみたいと思う人たちばかり。だからそんな場に呼んでいただけるのであれば、ぜひ関わりたいと、お断りはせず今に至ります(笑)。
 まだSELFが形を成していない初期の頃、野崎さんが声をかけたメンバーと何度か集まって、話し合いをもったんですよね。
 どんなことから始めていくか、といった内容でしたが、当時私はそこまで難しいことは考えていなくて。その人たちと集まって話すのが、とにかく楽しかったんです。鹿児島にこんな面白い人たちがいたんだ!という発見でした。

全ては
この合宿から始まった

 SELFがSELFとしての方向性を見出していく起点になったのは、やっぱり合宿じゃないかと思います。ただ私は極度の人見知りで、はじめ合宿に誘われた時は、できるだけ遅く行ってできるだけ早く帰ろうとしていたほどで(笑)。
 でも行ったらやっぱり楽しいんですよ、あのメンバーですから。そこには(野崎)恭平さんの場づくりのうまさもあると思います。
 初回の合宿で、みなさんに保育園の話をする機会をいただいたんです。久保雄太さんとペアになって話した際には「いつか小学校をつくりたいと」という話もしました。
 それまで自分で手探りで進めてきたことを改めて言葉にしたのは、これが初めてだったのかもしれません。きちんと向き合って聞いてくださる人たちがいて、面白い!とか応援したいと言ってくれたことがすごく嬉しかったんですね。
 この3日間で、何も包み隠さずに話せる信頼できる仲間と関係性ができたように感じました。10年後、100年後に振り返ったとき、「あれもこれもこの合宿から始まったよね」と言えるような起点になる場だったと思います。

2027年、新留小学校設立へ。
教育のリデザインをめざして

身体感覚を取り戻す学び 

 小学校をつくりたいという話は、保育園の設立時から考えていたことでした。今、鹿児島県姶良市の廃校を活用して、新たな小学校づくりを2027年4月の開校を目指して進めています。
 それもフリースクールではなく、一条校(1)の私立小学校として。旧新留小学校の校舎を生かし、元々の名前である「新留小学校」を引き継ぎます。
 この学校を起点に、日本の教育が変わるといいなと結構本気で思っているんです。 まずは教育自体をちゃんとリデザインしたい。
 今の教育現場には課題が多いと感じています。小学1年生でも解けるはずの引き算の問題が、小学3年生でも3割しか正解できないという話があって。その原因は、数字や記号だけを見て答えてしまい、そこに身体感覚が伴っていないことにあります。
 たとえば広島県教育委員会が実施した「たつじんテスト」(2)によると、「子供が14人一列に並んでいて、Aさんの前に7人います。Aさんの後ろに何人いますか」という問題で多い誤答例が「14−7=7」で7人。ほかに多いのが「14×7=98」で98人。つまり数字しか見ていないんですね。
 子どもたちは中学受験に受かるためとか、テストで点数を取るためだけに、反射的に答えを出すトレーニングばかりさせられているので、そうした結果になる。
今の教育のしくみができたのは戦後です。まだ当時の子どもたちは野山を駆け回り、地域や大家族の中で身体感覚や社会性を育んでいました。その土台の上に学びがあったからよかったんです。
 でも今の子どもたちは、家の中でも孤立しがちで、会話や身体的な体験が圧倒的に不足しています。だから小学校までの間に、身体感覚と、言葉や数字などの「記号」を行き来するような体験をいかにたくさんできるかが重要だと思うんです。

(*1)一条校とは、学校教育法第1条に定められた学校のこと。幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学、高等専門学校を含む。

(*2)認知科学の専門家が監修した、児童生徒の学びの「つまずき」を明らかにし、指導に役立てることを目的として開発されたツール。従来の学力調査では見えにくい児童のつまずきを把握し、適切な支援につなげるためのもの。

「会話の量と質」を
上げる授業へ

 そしてもう一つ、教える側の問題があります。学問を極めることと、使える知識が身につくように教えることは、似ているようで実は全く違うスキルです。ところが教員養成課程や職員研修では、どのような条件が揃った時に主体的な学びが成立するのかという視点はあまり深く捉えられていません。
 授業では先生が一方的に話して、理解度の高い子や低い子に当てて答えさせる。その構造では子どもたちが主体的に学ぶ流れが生まれません。子どもたちが成長する場をつくるには、先生の発話量を減らして、クラス全体でクモの巣状に会話が起こるような授業のデザインが必要です。そうすることで子どもたちは失敗したり、互いに補い合ったりしながら成長していきます。
 「会話の数」を一つの指標に、新しい授業のあり方を考えたいと、今考えています。会話の「数」の次は「質」です。なぜ自分がわからないのか、どう考えたのかを子どもがしっかり言葉にできるようになれば、学びの質も上がります。
 学びのプロセス自体が変わる。それが新留小学校で挑戦したい教育変革の本丸の部分です。

地域とともに、
持続可能な世界を

学校を突破口にして
地域の循環を

 新留小学校の設立準備を進めるなかで、新たに見えてきた方針が「学校を突破口に地域をリデザインする」というものです。
 たとえば学校周辺の森を守らなければ、その先の川も海も守れません。同じように田畑を守るには、伝統工芸を守るには…と考えていくと、かつて小さな半径内で成り立ってきた暮らしを部分的にでも取り戻せれば、地域が変わる可能性を秘めている。学校はその起点、突破口になりえるという話です。
 今まで保育園を運営してきて、実際に周囲が変わるのを見てきました。
 ひより保育園では決まった農家さんから野菜を買うので、農家の側でも安心して「もう一人雇おう」「息子を呼び戻そう」といった流れが生まれます。そんな小さくても、地域にとって大事なことが積み重なって、豊かなローカルが続いていくんだと思います。
 そらのまち保育園でも、毎日60組の親子が商店街を行き来することで、開園2年でシャッターが降りていた商店街の空き店舗がほぼ埋まり、街に活気が戻りました。そんな風に、保育園や小学校は、地域を変えていくちからをもっています。
 今進めている新留小学校でも70~90人の生徒を迎える予定なので、仮に70~90組の家族がこの地域に関わってくれると、いろんなことが考えられます。みんなで給食用の米を育てたり、養蜂するためにカラシ菜を植えて粒マスタードにしてみようとか。そうすることで耕作放棄地が減ったり、80〜90代の年配者から受け継ぐことができる知恵や技術があるかもしれない。学校がその拠り所になるとしたら、すごく価値のあることだと思うんです。

仲間がいたから
挑戦できた規模感

 でも今回、小学校の設立に向けて動き出してみると、7億円を集めるのは思った以上に大きなチャレンジだなと実感しています。おそらくSELFを通しての出会いがなかったら「集めきれるかもしれない」という感覚さえもてなかったかもしれません。
 小学校が保育園と大きく違うのは、借り入れでは駄目だということです。今回、校舎を4000万円で買いましたが、以前の自分だったら、銀行にこれまでの事業を評価してもらって4000万円を借りて、その範囲で運営することしか考えられなかったのではないかと思います。当時の自分を取り巻くコミュニティや経営感覚では、7億円の規模では考えられなかったのではないかと。
 今は新留小学校ができたらこんな変革につなげていきたいという、先ほどお話したような思いを抱いていますが、それはまちがいなくSELFを通して知り合った仲間や応援があってのことです。そういう意味で、SELFを通して、自分の視野も大きく広がってきたのだなと改めて思いますね。

小さな半径内で
成り立つ暮らし

 気候や地球環境など世界が大きく変わろうとしている中で、私たちが唯一できるのは小さな半径の中で成り立つ暮らしを取り戻すことではないかと思います。
 これ以上CO₂は出せない状況なのに、いまだ地球の裏側から物を運んで保存して加工して…を続けているのはやっぱり何か違う。何より小さな範囲で循環させれば、おいしいものが食べられるし、気持が豊かになると思うんですよね。
 今の閉塞感の根っこには、多くの人が「働いて給料をもらって物を買う」という消費だけして生きているところに原因がある気がします。少しでも自分の手で自然から価値を生み出せる術や選択肢をもてたら、世界の見え方が変わるんじゃないか。子どものうちから、そうした技術や暮らし方を知っていると、心から「これでいいんだ」と納得した人生を歩むことができる気がします。
 貨幣を介して消費するだけの生活では、足元が揺らいでしまう。本来私たちはそういう生き物ではないはずなので。
 学校に関しても同じで。今の教育システムは、経済効率を重視しすぎて、中央集権的になりすぎているのだと思います。教員の精神疾患も、児童の不登校も増えて、子どもたちの本当の意味での学力も、生きていく力も弱まっている。
 自分の力で生きる術や、選択肢をもつことができる子どもが増えれば、生きる力や喜びのようなものを取り戻すことができるんじゃないかと信じています。

取材|2024年12月